大湫宿(中山道・宿場町)・町並み

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写  真 備  考
大湫宿(中山道・宿場町)
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【大湫宿】大湫宿は中山道の宿場町で、江戸時代末期に皇女和宮が江戸の将軍家に降嫁の際に本陣で宿泊した事でも知られます。中でも本陣は間口22間、奥行き15間、部屋数23、畳数212畳を誇る大湫宿最大の建物で格式もありましたが、明治時代以降に取り壊され現在は小学校の校庭となり、敷地内には皇女和宮が詠んだ「遠ざかる都と知れば旅衣一夜の宿も立ちうかりけり」、「思いきや雲井の袂ぬぎかえてうき旅衣袖しぼるとは」が刻まれた歌碑が建立されています。脇本陣は現在も比較的に良好に保存され間口16間余、奥行6〜12間、部屋数19、畳数121畳、国登録有形文化財に登録されています。町並みも山間部だった事から大幅な近代化が成されず、結果的に伝統的な建物が数多く残されています。町屋建築の多くは木造2階建(江戸時代に建てられた建物は軒が低い、明治時代以降は軒高の規制が廃止された)、切妻、桟瓦葺、平入、火事が多かった事から袖ウダツや袖壁などの防火対策が見られます。宿場町の中央付近に鎮座する神明神社の境内には推定樹齢1300年、樹高60m、目通り幹周6.5mの大杉(御神木)で岐阜県指定天然記念物に指定されています。この大杉は古くから大湫宿の名所の1つだったようで太田南畝(江戸時代中期を代表する文人・狂歌師、幕府官僚)が随筆した「壬戌紀行(享和2年:1802年、太田南畝が大坂の任務を終え、中山道を利用して江戸に帰国する道中の紀行文)」に「駅の中なる左の方に大きなる杉の木あり、その元に神明の神社の宮を建つ、駅舎のさま細久手に似て、それよりも人家すくなし」と記載されていました。宿場の外れには信仰の中心になっていたと思われる観音堂(弘化4年:1847年建築、天井絵は瑞浪市指定文化財)があり境内には寛政7年(1795)に松尾芭蕉が貞享5年(「1688)に詠んだ「花さかり山は日ころのあさほらけ」の句が刻まれた句碑が建立されています。

【琵琶峠】−大湫宿を過ぎて暫く歩くと山中に入る旧街道があり、琵琶峠に至る行程には石畳が残され往時の街道の雰囲気が残されています。琵琶峠は標高558m、全長約1km、中山道の難所の1つ、道中には石仏や石碑、一里塚などが点在し岐阜県指定史跡に指定されています。

大湫宿(中山道・宿場町)
大湫宿(中山道・宿場町)
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