桜川市真壁町・在郷町・町並み

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写  真 備  考
真壁・陣屋町
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【桜川市真壁町:町並み】−真壁(茨城県桜川市真壁町)の集落的発生起源は不詳ですが承安2年(1172)、大掾直幹の子供である大掾長幹(真壁氏の祖)が真壁城を築いた事からその城下町として整備されたと思われます。真壁氏は当地の地頭、その後は国人領主として領主でありつづけましたが、戦国時代になると、常陸国の大部分を支配した佐竹氏に従属し、慶長7年(1602)に佐竹氏が秋田移封に随行し当地を離れました。慶長11年(1606)、浅野長政が当地に配され真壁藩を立藩、真壁城には藩庁、藩主居館が設けられ、城下町は藩都として改めて整備、町割されました。元和8年(1622)、2代藩主浅野長重は加増に伴い領地の中心に近い笠間城に本城を移した事で真壁藩は廃藩、城も廃城となり跡地には改めて笠間藩の陣屋が設けられました。多くの家臣は笠間城下に移ったものの、枡形や町割、町民は維持され引き続き当地域の行政、経済の中心として機能しました。特に木綿販売の拠点として繁栄し、最盛期には1月に12回も定期市が開かれ数多くの木綿問屋、繰綿商を輩出しました。天保8年(1837)の大火により多くの町屋建築が焼失し、その後は防火、延焼を防止する為に茅葺屋根の建物が一掃され瓦葺き、土蔵や塗屋造りの建物が主流となりました。明治時代以降は、高さ制限や表門、長屋門など身分によって制限されていたものが解除になった為、稼ぎに応じて軒の高い大型で格式の高い町屋建築が建てられるようになっています。現在でも国登録有形文化財に登録されている大型の町屋建築が数多く存在し、平成22年(2010)に種別「在郷町」、名称「桜川市真壁伝統的建造物群保存地区」として国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。 又、城下町だった事から史跡も多く、真壁城(国指定史跡)や真壁氏の菩提寺と思われる遍照院正得寺(真壁城主累代の墓地及び墓碑群:茨城県指定史跡)、浅野家の菩提寺である天目山伝正寺(境内には浅野長政、浅野長直、浅野長勲夫妻の墓碑などが建立されています)などが点在しています。

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 茨城県:伝統的・町並み・探訪|稲吉宿神郡桜川市真壁町
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