青鬼(白馬村・山村茅葺集落)

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写  真 備  考
青鬼(白馬村・山村集落)
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【青鬼(白馬村)】青鬼集落は傾斜地に設けられた山村集落である事から斜面を利用した様々な工夫が見られます。住民達が日常生活を行う母屋は南側から採光、通風が得られように東西に長い南向きで建てられ、全ての家屋に平等になるように若干の円弧状に2列にわたり配置されています。母屋は南面に大きく開口部を設け、本来屋根だった部分を南面だけ大きく欠き込む事で2階にも開口部を設けて採光や通風が出来るように工夫しています。これは2階部分を養蚕の作業場として利用出来るようにする為で、江戸時代末期頃から養蚕業が盛んになると既存の建物を利用して上記のように改造されています。全国的に見られる兜造りは妻面の屋根を欠き込んでいますが、平側の屋根の形状を変更している事が大きな特徴で、群馬県では「赤城型民家」と呼ばれる平側の屋根の中央部分を欠き込む形式が見られ、山梨県では平側の中央部を屋根ごと上に設ける「突き上げ屋根」を有する民家形式があります。青鬼集落では平側の屋根の略全面に渡り切り上げられ、群馬県中之条町にある富沢家住宅(国指定重要文化財)に類似し家屋の形態としては同じ文化圏だったと思われます(長野県の農家建築で有名なのは本棟造りと呼ばれる、切妻、妻入、正面にはおどしと呼ばれる棟飾が特徴の建物ですが、青鬼集落の民家とは明らかに異なります)。集落内部にある「ガッタリ」は沢から水を引き込み、水の力で杵が持ち上がり、水が落ちると杵が下がり、その下に臼を設置して穀物を入れておくと、自然と脱穀が出来る仕組みで、丁度、庭園などで見られる「ししおどし」と「水車」の原理を組み合わせたような施設で、実際、脱穀機が普及する昭和前期まで実用されていたようです。青鬼集落の特徴のひとつである棚田は、当たり前ですが傾斜地にある為、集落と一体化している例は少なく珍しい景観を作り出しています。又、集落の規模の割には石仏や石碑の数が多く、「向麻石仏群」と「阿弥陀堂石仏群」の2箇所に集中していますが、その他にも道端などに散見され素朴な信仰と集落の生活が密着していた事が窺えます。青鬼集落は現在でも茅葺屋根(鉄板覆い)の古民家が残され良好な山村集落の景観を保持している事から平成11年(1999)に日本の棚田百選に、平成12年(2000)に国の重要伝統的建造物群保存地区にそれぞれ選定されています。

【お善鬼様伝説】−青鬼集落の地名の由来にもなった「お善鬼様」の伝説が伝えられています。それによると、青鬼集落の岩手山を挟んで反対側に戸隠村と鬼無里村という村があり、昔、鬼無里村に鬼が出現し村中で悪さを働き、村人達も大変に苦しんでしました。この事態を打開する為、鬼無里村の住民達は知恵と勇気を振り絞り、何とか鬼を岩手山にある洞窟に閉じ込める事に成功し村に安寧を取り戻しました。その後、ある旅人が青鬼集落に訪ねてきて、戸隠村に鬼のような大男が出現し、村の開発に尽力し、村人から感謝されている話を聞きました。青鬼集落の住民は、鬼無里村の鬼が岩木山の穴から抜け出した際に神様になったと悟り、集落で「お善鬼様」として祭るようになったと伝えられています。

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青鬼(白馬村・山村集落)
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