別所温泉(塩田平)温泉街・町並み

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写  真 備  考
別所温泉(塩田平)
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【開湯伝説】別所温泉は何時頃に発見されたのかは不詳ですが、神話で登場する日本武尊が東国で朝廷に逆らう賊を討伐する為に当地に着陣しました。すると温泉神が古老に姿を変えて出現し、効能の異なる7つの源泉の場所を告げて姿を消しました。日本武尊は、怪我や病気、疲労など効能別に兵士を分け入湯させたところ忽ち平癒し、見事賊を討ち果たす事が出来た事から「七苦難の湯」と呼ばれるようになり、それが転じて「ななくりの湯」と呼ばれました。

【ななくりの湯】−平安時代に清少納言によって編纂された「枕草子」では「湯はななくりの湯、有馬の湯、玉造の湯」の3温泉を日本三名泉として絶賛、諸説あるものの「ななくりの湯」とは「別所温泉」であるとされます。当時の信濃国府が上田市周辺にあった事から中央にも聞こえていたと思われますが、三重県津市榊原町にある榊原温泉も有力視されています。

【日本三御湯】−鎌倉時代に入ると順徳天皇が編集に携わった「八雲御抄」で全国にある幾つかの温泉を紹介していましたが中でも「名取湯」と「信濃湯」、「犬養湯」の3湯だけ、温泉名の上に「御」の字が添えられていた事から日本三御湯と呼ばれました。「信濃湯」は「別所温泉」とほぼ断定されています。

【塩田平・信州の鎌倉】−別所温泉がある地域は古くから塩田平と呼ばれ、鎌倉時代中期には執権北条家一族が配され、塩田北条氏として大きな影響力を行使して当地域の開発に尽力しています。特に別所温泉の温泉街では安楽寺(八角三重塔は北条義政が創建)や常楽寺(北条国時が鎌倉出陣前に自ら彫刻したと伝えられる自肖像を安置)、北向観音(北条国時が堂宇を再建)などが整備され、安楽寺の八角三重塔は国宝に指定され、北向観音は善光寺(長野県長野市)と共に広く信者を集め両寺を参らなければ片参りと言われ数多くの参拝者が訪れました。相対的に別所温泉に湯治をする人も多くなり温泉街としても発展し「信州の鎌倉」と呼ばれるようになっています。

別所温泉(塩田平)
別所温泉(塩田平)
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