醒井宿(中山道・宿場町)・町並み

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醒井宿(中山道・宿場町)
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【醒井宿】−醒井宿は中山道宿場町として発展した町で、地名の由来は平安時代に朝廷より編纂された「日本書紀」で神話として登場する日本武尊が毒蛇から受けた毒に犯され高熱を冷ます為に利用した「居醒の清水」に因んだと伝えられています。それによると、日本武尊は東夷東征を完遂し、尾張国(現在の愛知県)に帰国し妻である美夜受比売に再会、しかし、伊吹山(標高:1377m)荒ぶる神(伊吹山は尾張の豪族である五百木氏を指しているとも?)を平定する為、愛刀の草薙の剣を美夜受比売に預けて伊吹山山頂を目指しました。日本武尊が中腹に差し掛かると、1匹の大きな白い猪(日本書紀では大蛇、古事記では猪)が出現、しかし、日本武尊は急いで山頂を目指していた為、猪の横を通り過ぎると、実はこの猪こそ伊吹山に巣食う荒ぶる神だった為、意表を突かれ毒気のある大氷雨で攻撃されます。日本武尊は大打撃を受け意識が朦朧とする中何とか下山し、麓の泉(この泉が「居醒の清水」とされます。)で喉を潤すと、目が醒め動ける位まで回復しますが伊勢の「能ぼ野」でとうとう力尽き命を失ったと記載されています。居醒の清水をはじめ「西行水」、「十王水」は醒井三水と呼ばれ、何れも地蔵川沿いに湧き出る名水として多くの旅人の喉を潤してきたと思われます。醒井宿は地蔵川沿いに町並みが形成された為、片側の町屋には個々に小さな石橋が設けられ、景観の重要要素として風情ある町並みを演出しています。江戸時代にはお茶壺道中の宿泊駅として利用され旅籠である越後屋は本陣と同等格として「お茶壺本陣」と呼ばれ往時は格式のある表門や式台付の玄関、上段の間などが備えられていたそうです。その他にも宿場内には賀茂神社や延命地蔵堂(本尊の醒井石造地蔵菩薩坐像は米原市指定文化財)、旧川口家住宅(醒井宿の問屋場:米原市指定文化財)、江龍家表門(明治天皇御駐輦所)、了徳寺(御葉附銀杏:国指定天然記念物)、六軒茶屋跡などの史跡が点在しています。明治時代以降は大規模な開発が成されなかったようですが、ヴォーリズ建築事務所が設計した旧醒井郵便局(国登録有形文化財)や昭和初期に建てられた旧醒井公会堂(国登録有形文化財)などの洋館が町並みに彩りを与えています。
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