歴史が感じられる武家屋敷のある町並みを旅する

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上山城・武家町・町並み
□−上山城−山形県上山市鶴脛町

上山城は戦国時代に武衛氏によって築かれた城郭で、江戸時代には上山藩の藩庁、藩主居館が設けられ、その美しさから「羽州の名城」との異名がありました。城の西側には中級家臣の武家町が町割され、現在でも森本家住宅、三輪家住宅、山田家住宅、旧曽我部家住宅の4軒の武家屋敷が残されています。
米沢城・武家町・町並み
□−米沢城−山形県米沢市芳泉町

米沢城は置賜郡支配の中心になった城郭で、長井家、伊達家、蒲生家、上杉家が城主を歴任しました。芳泉町は江戸時代に米沢藩上杉家が城下町に収容出来ない、下級武士の為に町割された武家町で、城下からは5キロ程離れた要衝地に配されています。現在でも茅葺屋根の武家屋敷や、ウコギの生垣、食用に植えられた庭木などが残されています。
登米要害・武家町・町並み
□−登米要害−宮城県登米市登米町

登米町は江戸時代に仙台藩の行政単位である「要害」、事実上の城下町として町割された町です。領主である登米伊達家は仙台藩に属しながら2万石を領していた事から大名と同様に家臣は登米要害の武家町に住まい多くの武家屋敷がありました。現在も10棟程の武家屋敷が現存し武家町らしい町並みを見る事が出来ます。
小幡陣屋・武家町・町並み
□−小幡陣屋−群馬県甘楽郡甘楽町小幡

小幡陣屋は織田家7代、松平家4代が藩主を務めた小幡藩2万石の藩庁、藩主居館が設けられた中心施設です。陣屋の3方には武家町が町割され、現在でも当時の町並みが残されています。特に大身の武家屋敷の周囲を石垣で囲い、出入口部には「喰い違い郭」と呼ばれる城郭の枡形を思わせる造りになっています。
金沢城・武家町・町並み
□−金沢城−石川県金沢市長町

金沢城は戦国時代に加賀一向一揆衆の本拠地となった金沢御坊を前身としています。柴田勝家により一揆衆が掃討されると家臣である佐久間氏によって城郭に改変され、勝家が羽柴秀吉により滅ぼされると、前田利家によりさらに拡張されました。長町は江戸時代の武家屋敷の遺構が残り、当時の武家町の雰囲気が残されています。
津和野・町並み
□−津和野−島根県鹿足郡津和野町

津和野は南北朝時代に吉見氏によって築かれた津和野城の城下町として整備された町です。江戸時代に入ると津和野藩が立藩し、津和野は藩都として整備拡張され現在の基礎となる町割が行われています。現在も武家屋敷や藩校の遺構が残る武家町と、多くの町屋建築が残る商家町の町並みが良好に残され国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
 
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